日本向けに新ブランドを作らないか?

2025年2月頃。

それまで進めていた計画を大きく変える連絡が、バングラデシュの工場からありました。

「工場の自社ブランドを日本仕様に変更するのではなく、日本向けの新しいブランドをつくらないか」

という提案でした。

それまで私たちが進めていたのは、工場がすでに生産している自社ブランドのフレームを使い、日本市場に合わせてパーツや仕様を変更して輸入するという計画です。

ロードバイクタイプを3モデル。
クロスバイクタイプを2モデル。

仕様もかなり固まり、生産へ向けた準備を進めていました。

ところが今回の提案は、それとはまったく違うものでした。

好きな自転車をつくっていい

新しく日本向けのブランドをつくる。

そうなれば、既存の車体を日本向けに変更するだけではありません。

車体の設計。

使用するパーツ。

カラーや車体デザイン。

そして、どんなブランドとして日本で販売していくのか。

かなりの部分を、自分たちで決めることができます。

自転車店として長く自転車に触れてきた私にとって、これはとても面白い提案でした。

「ここはこうした方が使いやすい」

「この規格なら、あとから部品を交換しやすい」

「日本で毎日使うなら、こういう自転車がいい」

これまで自転車店として感じてきたことを、最初から車体に反映できる。

それまで進めていた計画より、さらに日本のユーザーに合わせた自転車をつくれる可能性があります。

当然、興味はありました。

ただ、

「ぜひやりましょう」

と、すぐに返事をすることはできませんでした。

自転車を「つくる」という現実

理由は、生産台数です。

自転車を工場で生産するためには、ある程度まとまった数量が必要になります。

フレームを用意する。

塗装をする。

必要なパーツを調達する。

そして生産ラインを動かして、一台の自転車として組み立てる。

新しいブランドだからといって、

「まず10台だけつくってください」

というわけには、なかなかいきません。

以前、別の自転車メーカーから、工場で生産する場合には1モデルあたり200台程度からという話を聞いたこともありました。

もちろん工場や契約によって条件は違います。

それでも、新しいブランドを立ち上げるとなれば、それなりの生産数を求められるだろうと考えていました。

こちらは、まだ始まったばかりの事業です。

何台売れるのかも分からない。

そこへ大きな数量の生産を約束するのは、あまりにもリスクが大きい。

自由に自転車をつくれる。

それは、とても魅力的でした。

しかし同時に、

「本当に自分たちの規模でできるのか」

という現実的な問題がありました。

できないことは、正直に伝えた

そこで、こちらの状況をそのまま工場へ伝えることにしました。

日本向けのブランドをつくるという提案には、とても興味がある。

自分たちで仕様を決められるなら、日本市場にもっと合った商品をつくることもできる。

ただし、

新規事業の段階で、大規模な生産を約束することはできない。

これが正直な回答でした。

せっかく面白い提案をしてもらったのに、条件が合わなければ、この話はここで終わるかもしれない。

そう思っていました。

ところが、工場側から返ってきた答えは予想していたものとは違いました。

「生産量には協力する。新しいブランドで始めよう」

工場から伝えられたのは、

「工場だけではなく、親会社の自転車事業部として、これから日本をしっかりと一つの市場として育てていきたい」

という考えでした。

そして、

「生産量についてはこちらも協力する。日本向けの新しいブランドで始めよう」

という話になりました。

ここまで歩み寄ってもらえるとは思っていませんでした。

それまで私たちは、

「バングラデシュでつくられている自転車を、日本でどう販売するか」

を考えていました。

けれど、この提案によって話が変わります。

工場側も、

「日本という市場に向けて、一緒に商品をつくっていく」

という考えを持ってくれたことになります。

それなら、やってみよう。

ここで初めて、自分たちのブランドを立ち上げることを決めました。

春に売るはずだった自転車を、すべて白紙にした

ただし、新しいブランドをつくるということは、それまで進めていた計画をそのまま使うわけにはいきません。

当初は、できれば3月、4月には車体を日本でお披露目したいと考えていました。

そのために5モデルを選び、日本向けの仕様も詰めてきました。

けれど、

その計画をいったん、すべて白紙に戻すことにしました。

当然、販売開始は遅れます。

もう一度、どんな自転車をつくるのか考えなければなりません。

車体も決める。

パーツも決める。

デザインも考える。

ブランドの名前も必要です。

それまでより、やらなければならないことは一気に増えました。

それでも、工場の既存ブランドを日本へ持ってくるのではなく、

自分たちが日本で販売したいと思える自転車を、一からつくる。

その方が面白いと思いました。

「輸入する」から、「供給する」へ

最初にこの話に関わったとき、私の役割は自転車店として意見を出すことでした。

バングラデシュの自転車が日本で販売できるものなのかを見る。

日本で販売するなら、どのフレームがいいのか。

どのパーツを使えばいいのか。

そこについて助言するだけのつもりでした。

ところが、いつの間にか日本向けの車体を考え、販売方法を考え、そして今度は自分たちのブランドをつくることになった。

もう「相談役」という立場ではありません。

自分たちで商品をつくり、日本へ供給する側として、この事業に参加する。

そう決めました。

春には販売を始めるはずだった計画は、ここで一度なくなりました。

遠回りになることも分かっていました。

それでも、せっかくここまで一緒にやるのなら、

「日本で売れそうな自転車」ではなく、
「自分たちが日本で売りたい自転車」をつくろう。

ここから、新しいブランドをつくる仕事が始まりました。

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