それじゃあ、見に行こうか。

前回、バングラデシュの工場で生産されている自転車の写真を見せてもらい、さらに使用するパーツや生産価格が書かれた仕様表を確認しました。

そこに並んでいたのは、日本の自転車店でも普通に見かけるような構成のスポーツ自転車でした。

仕様を見る。
価格を見る。
もう一度、仕様を見る。

「これなら、日本でも普通に販売できそうだな」

少なくとも、資料を見た段階ではそう感じました。

ただ、話は自転車を何台か仕入れてみる、という程度ではありません。

相談してきた彼にとっては、バングラデシュから日本へ自転車を輸入して販売するという、新しい事業を始める話です。

自転車に詳しい人間として相談を受けた以上、資料を見ただけで「大丈夫じゃない?」と軽く背中を押して、もし実際にはまったく違うものだったら申し訳ない。

だったら、自分の目で見た方がいい。

「工場を見られるなら、自分も行くよ」

その後、バングラデシュ側の自転車工場から視察の許可が取れたと聞きました。

そこで彼に伝えました。

「それじゃあ、自分も一緒に行くよ」

工場がどんな場所なのか。

どんな設備で自転車をつくっているのか。

どんな基準で品質を管理しているのか。

そして、本当に日本で販売できる自転車なのか。

そこまで確認してから判断した方がいいだろうと思ったからです。

……とはいえ、少し別の理由もありました。

「人生で一回くらい、海外に行ってみるか」

実は、それまで海外へ行ったことがありませんでした。

初めてパスポートの取得申請をして、2024年11月。

初めての海外渡航先が、バングラデシュになりました。

成田から6~7時間程度

初めて、自転車がつくられている現場を見る

日本では寒くなり始める11月。

バングラデシュに着いてみると、一日を通して22〜23℃程度。

「ずいぶん過ごしやすいな」

……という話はひとまず置いておいて。

目的は、自転車工場です。

実際に工場へ入り、生産設備を見せてもらい、どのような工程で自転車が組み立てられているのかを確認していきました。

品質管理についても説明を受けます。

第1回で写真や仕様表を見て、

「思っていたものと違う」

とは感じていました。

今回は、その写真の向こう側にあった実際の生産現場を見ることになりました。

生産設備がある。

自転車がつくられている。

検査が行われている。

そして、それらの自転車が海外へ出荷されている。

資料の中だけだった話が、目の前の現実になっていきました。

「もし、日本で販売するなら」

工場の敷地内には、そこで生産された自転車を展示しているスペースがありました。

たくさんの車体を見ながら、今度は自転車店の人間として考えます。

工場敷地内の展示スペース

「この中から日本で販売するとしたら、どれだろう」

サイズはどうする。

パーツ構成はどうする。

日本で使うなら、ここは変えた方がいい。

これはそのままでも使えそう。

そんなことを考えながら、候補になりそうな車体を探していきました。

ただし、この時点ではまだ、現在のように自分たちでブランドをつくり、メーカーとして自転車を企画することなど考えていません。

私の立場も、あくまで日本市場向けの自転車について助言するアドバイザーでした。

最初に考えていたのは、もっと単純な方法だった

この工場では、各国の企業から依頼を受け、それぞれの仕様に合わせた自転車を生産していました。

そして基本的には、つくった自転車を契約先へ納めています。

一方で、工場自身が持つブランドの自転車もありました。

そこで当初考えていたのは、その自社ブランドで生産している車体をベースにして、余剰分などを日本向けの仕様に変更し、日本へ輸入する方法です。

今振り返ると、かなりシンプルな考え方でした。

まだ、

「自分たちで日本向けの自転車をつくろう」

でもなければ、

「自分たちのブランドを立ち上げよう」

でもありません。

すでにある良さそうな自転車を、日本で販売できる形にして持ってくる。

このくらいのところから話は始まっていました。

「契約していいんじゃない?」

工場を見て、生産設備を確認する。

品質管理の方法を聞く。

実際につくられている自転車を見る。

日本で販売することを想定しながら、展示されている車体も確認する。

ここまで見れば、少なくとも私が心配していた、

「本当に日本で販売できるような自転車をつくれる工場なのか」

という疑問については、答えが出ていました。

帰国する頃には、最初に資料だけを見て感じた、

「あれ、これ日本で普通に販売できそうだな」

という感覚にも、ある程度の裏付けができていました。

だから、相談してきた彼にはこう伝えました。

「ちゃんと日本でも通用しそうだから、契約していいんじゃない?」

そして日本へ帰りました。

この時の私は、それで自分の役割はだいたい終わったと思っていました。

工場を見て、自転車を見て、日本市場でも扱えそうだと判断して、アドバイスをする。

あとは実際に輸入が始まったら、自転車店として少し協力する。

そのくらいのつもりでした。

まだ、自分がこの話の当事者になっていくとは考えていませんでした。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA